池波正太郎『江戸の味を食べたくなって』(新潮文庫、2010年)

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池波正太郎『江戸の味を食べたくなって』(新潮文庫、2010年)

『江戸の味を食べたくなって』は、作家・池波正太郎さんのグルメエッセイです。

金にものを言わせて云々というタッチで進められる世界での話しではなく、それはそれとしておいておいた上で、さて、うまいものをうまく食べるとはどんなことだろう、みたいな、”うまいもの哲学”をベースとした語り口に実際の”旨いモノ”が絡んできます。

池波正太郎さんというと『鬼平犯科帳』や『真田太平記』といった、歴史小説や時代劇のイメージが強い作家さんでもありますが、どこかそういう”古き良き”日本の空気が感じられるような世界で話しが展開されることも魅力の一つとなっています。

前半パートを占める「味の歳時記」では、四季折々のうまいものが”うまいものの周辺風景”と共に紹介されるのですが、”食”そのものと共にその時その時の風景が鮮やかに引き立てられた結果、もっと単純に「日常風景と共にある旨いもの」がクローズアップされるんですね。

キャベツときゅうりの塩漬け、ハマグリ、鮎、ウナギ、茄子、白瓜、トマト、あるいはただのかき氷だったり。今となっては高級食材になってしまったなんてものや、作中に出てくる料理屋さんを検索してみるとかなりお高いお店だったりといった部分もあるにはあるのですが、それでも「かつての下町の日常風景」「かつての地方のあたりまえ」といった切り口から語られるグルメが、とても身近なものとして伝わって来ます。

続く後半パートでは、パリへの旅行時のエピソードが語られます。

今度は”身近なグルメ語り”から一転して、フランスでは日本食を食べたいとは特に思わなかった、その土地に伝統文化として根付いたフランス料理を堪能し、現在の街並みから文化・歴史を味わう旅の時間に至福を感じた、といった話しが展開されます。

“郷に入りては郷に従え”とばかりに、「その国の空気を嗜むことがグルメに通ずる」といった価値観と共にエッセイが進んで行くのですが、作中には元々東京の下町に据えた軸足があるので、その軸足を基準とすることで、どこにいても旨いものを旨いものだと、ぶれない感覚で理解されている様子が伝わって来ます。

フランスの都心部・田舎部それぞれの描写の妙にしても、とても分かりやすく伝わってくる部分がありますが、総じて、食は文化と共にあってしかるべきものなのだということが説得力を持って伝わってくるあたりも魅力です。

自分自身の”グルメ””食生活”の立ち位置を確認したい場合、あるいは見つめ直してみたい場合、根本的なヒントを与えてくれる可能性のある一冊です。

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