西村京太郎『浅草偏奇館の殺人』(文春文庫、2000年)レビュー

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西村京太郎『浅草偏奇館の殺人』(文春文庫、2000年)レビュー

『浅草偏奇館の殺人』(文春文庫公式サイト読書メーター)は、過去(遠い昔)に浅草で起きた連続猟奇殺人事件をメインのテーマとする、ミステリ小説です。

「西村京太郎作品といえばこれ!」という、”時刻表トリック+サスペンス”が売りであるトラベルミステリ(参考:『終着駅(ターミナル)殺人事件』)に対して、”偏奇館”ではかつての浅草をめぐる人間模様と、その中で起こった事件、及び当時の世相にスポットが当てられています。

俗にいう異色作ではあるのですが、末期の西村京太郎作品でしばしば見かけることになった”ミステリ要素はアクセント程度””メインは社会・時勢解釈”というタイプの作品の、いわばプロトタイプにあたるような作品でもあります。

『浅草偏奇館の殺人』のアイデアそのものには、70年代の後半、浅草の人情ものを書くか、それとも”ブルートレイン”もの(初のトラベルミステリである『寝台特急殺人事件』)を書くかという二択から、担当編集者の要求によってトラベルミステリへ舵を切った、そしてトラベルミステリが大ヒットした(以降、それが西村京太郎作品の代名詞となっていった)という経緯もあったようです。

昨日今日の思い付きから作られた作品ではなく、著者の西村京太郎さんが、企画自体を長年温められていたという経緯を持った作品だったんですね。

カテゴリとしてはミステリ、ただし本体は時代背景の解釈にありといった作りになっているあたり、”初期・西村京太郎作品”の王道だったという、”社会派ミステリ”に返り咲いた要素が無きにしも非ずな一作であるともいえそうです。

ちなみに”偏奇館”とは、かつての浅草にあったという設定の芝居小屋の名前で、作中のメインの舞台名ですが、物語は、既に年老い、自らの余命もいくばくもないだろうと判断した主人公が人生最後のつもりで浅草詣でをするシーン、「自身の過去を振り返りながら現在の浅草を歩く」という、本編からは切り離されたプロローグ的な部分から始まります。

作中では、浅草寺公式サイト)を中心とした通称”浅草六区”(参考:みんから “浅草&スカイツリー物語『その二 浅草六区編』“)の自由で華やかなりし日々が、息苦しい昭和初期の世相の中で徐々に暴走をはじめ、最終的には(時勢に飲まれる形で発生した)連続猟奇殺人事件へと至ってしまう様子が描かれます。

この作品の魅力的なところは、主人公の人生自体が浅草の盛衰に重ねられているところ、今の浅草の中にも垣間見える”若さ”に、かつての浅草が持っていた”若さ”が重ねられているところ、双方にそれぞれの時代の世相が重ねられているところ等々、今昔の対比や絡め方が絶品なところです。

『浅草偏奇館の殺人』には、それまで読んだ全てのトラベルミステリが色あせてしまうほどの、稀有な魅力を感じました。

ラスト1ページの描写が、とにかく心にしみわたります。

追伸

2022年3月3日、西村京太郎さんが肝臓がんで逝去されました(2022年3月6日付読売新聞 “十津川警部シリーズが大ブーム…西村京太郎さん死去、91歳“)。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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