【物議/テレビ番組の”ライン”は?】今や一億総中流時代ではないですからね。

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夜間にロケ地で騒ぎを起こせば、それは普通に嫌がられますよ 笑

参考:女性自身 “「早く帰りなさいよ!」出川哲朗の『充電旅』で再び撮影トラブルか…近隣住民の“激怒動画”にテレ東が明かした「真相」

オバチャン特有の”ヒステリー”が余計なだけで、反応としてはごくごく当たり前の反応ではないでしょうか。

理由はどうあれ、普段は静かなところで夜21時45分に芸能人とそのファンの集いみたいな騒がれ方したら、さすがにうるさいものはうるさいですよ。

キレるかどうかはさておくとしても、うるさいものはうるさいし、愉快か不愉快かと言われたら、特に番組のファン、出演者のファンでもなければ、恐らくはそれ自体を愉快だと感じる人の方が少ない話しではあるでしょう。

正直言えば、例えば地方の”出川ファン”が番組ロケやら”生出川”を見たりすれば騒ぎたくなる気持ちもわからなくはないのですが、逆に言えば、騒ぎたくなる側がそこで「騒ぎたくなる気持ち」への理解を求めるのであれば、騒ぎたくなる側として、「ただ騒がれることになる」(出川さんにも番組にも興味を持たず、普段通りに生活している一般住民)側への理解も必要となるってことです。

自由・平等だの権利・義務だのっていうのは、あくまでそういう対等な規律の上に成り立つ関係ですからね。

そう捉えたら、答えにしても、自ずから浮かんでくるところとはならないでしょうか。

騒ぎが想定されるのであればそれを回避するか、あるいはしかるべき”受け皿”的な場を用意するべきだったのでしょう。

あとはもう一点。

国民皆が皆いろんなものを共有し、なおかつ一人一人の距離も近かったような時代であればまだしも、世代の分断個々の離散みたいなことが言われて久しい昨今、こういうところで万人に一方的な理解を求めること、あるいは逆に「なぁなぁ」で済まそうとすること自体が、もはや無理筋といえば無理筋だということでもあるのかもしれません。

“キレるオバチャン”を若い世代が一々理解・許容できるか、“ぶつかりオジサン””ぶつかりオバサン”の心中をぶつかられる側が一々理解・許容できるかといえば、そんなもん、理解も許容も出来っこないし、特にする必要もないことですからね 笑。

それを強いて真の相互理解を進めつつ、「まぁまぁまぁまぁ」みたいなやり方でなんとかしようと考えるのであれば、まずは常日頃からのコミュニケーションのあり方を、それこそ国民レベルで根本から変える必要があるでしょう。

「誰が、どうやって?」と考えると、現実問題、まず不可能じゃないかというレベルのハードルがありそうではありますが、こういうのもある意味、今の時代に特有の問題なのかもしれません。

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